線維筋痛症対策の進歩
線維筋痛症は、近年、発展途上国を含めて国際的にも増加の一途にあり、原因不明の全身の疼痛と、不眠、うつ病などの精神神経症状や過敏性大腸炎、膀 胱炎などの症状を主症状とする疾患である。
欧米などを中心に、1990年代に入ってから徐々に注目されている疾患であり、リウマチ専門医や、精神科領域あるいはペインクリニックで種々な治療方法へのアプローチが始まっている。いまだに決定的な治療方法はなく、対症療法の域を出ないが、病因、病態および疼痛の分子メカニズムについては、
ここ数年、研究が国際的にも広く展開されてきている。本邦では、本症に対する認識がここ数年の間に急速に認識されるに及んでいる。
筆者らは、厚生労働省リウマチ研究班の分科会として本疾患の研究班をスタートさせ、その実態調査を進めてきた。その結果、多くの患者は適切な診断がなされずに様々な診療科を転々とし、激しい筋骨格系の疼痛により著しいQOLの低下を招いており、極めて深刻な状況であることが明らかになった。
疫学的には都市部では人口の2.0%以上に存在することがわかり、重症患者は 推定50万人、周辺疾患も含めると推定約 200 万人以上にものぼる患者が「放置」されていることが明らかになった。
しかしながら、本症に対する認知度は現在でも一般医はもとより、リウマチ科、精神科、整形外科、ペインクリニックなどの本症と関わりのある臨床医においても著しく低く、各医療機関の診療面において格差が見られるとこから、現在、日本線維筋痛症・慢性痛学会が中心となり診療ネットワークを構築し、確立しつつある。
一方、治療薬に関しては、治療薬剤の効果の研究が進み、本邦でも米国で有効性を確認されたプレガバリンの有効性が確認されるとともに、その標的分子も一部解明されている。
診療ネットワークに登録された患者からみた実態
これまで日本線維筋痛症・慢性痛学会診療ネットワーク(http://jcfi.jp/)に全国からアクセスされた約3,500 例の臨床データを解析した結果、本症の発症年齢では30代(12.2%)、40代(11.6%)、50代(11.2%)の順で多く、男女比は男16.8%:女83.2%と女性が有意であり、これまで研究班で行っていた疫学調査とほぼ一致していた。 また、患者の発症から受診までの期間について分析したところ10年近くが79.9%と多く、症状発症から診断までが著しく困難であることがわかった。
その原因の一つには主訴の多彩なことにある。例えば、全身疼痛が47.8%と圧倒的に多く、次いで関節痛(5.1%)、しびれ(4.1%)など多彩な症状が多い。疼痛発症の要因をメンタル面から分析したところ、睡眠障害が26.9%と多く、ついで引越し、家事、天候などの日常生活のストレス(23.1%)、 出産、妊娠、更年期 障害などの女性特有の症状(16.8%)、結婚、死別、虐待など家族関係のストレス (8.9%)、特に小児ではいじめ、受験などの学校のストレス(2.1%)等が目立った。
また、肉体的損傷がトリガーとなった要因を分析すると、基礎疾患(56.2%)、手術(21.2%)、交通事故、転倒などの外傷(16.0%)、スポーツによる外傷(3.8%) が目立っていた。この肉体的損傷のトリガー要因の半分を占めている基礎疾患を分析したところ、 筋骨格系疾患(26.3%)、内科系疾患(25.3%)、リウマチ・? 原病疾患(13.4%)、精神疾患(10.0%)、歯科治療(5.2%)が要因として多かった。 一方、本症の診断には ACR1990
年の基準が用いられているが、特異的なマーカーはほとんどなく、診断及び治療上大きな障害となっている。
疼痛発現機序の解明
本症の主症状である疼痛誘因には、中枢性の神経因性疼痛の成因に関与する分子機序の解明が必須であると考えられる。そのような視点から本症をみると その発症の引き金には、外因性と内因性というエピソードが存在する。また双方が混在している場合もある。 筆者らは、自験例の詳細な解析に基づき、次のような発症仮説を提示している。すなわち線維筋痛症には、他疾患と同様に遺伝的素因が存在する。実際に筆者らは、一卵性双生児の両者に線維筋痛症が発症した症例を経験している。文献的にも遺伝的素因を強く示唆する症例や研究
結果も少なくない。
また、疼痛への感度が著しく上昇している場合とその域値は正常でも著しく疼痛を感じるケースが存在する場合もある。この難治性疼痛症の疼痛の原因は 心因的なストレスの他、温度や気圧の変化、騒音などに反応して誘発されるが、 近年分子疼痛レベルからのこの分野の解析は徐々に進展している。
病態に基づく病型分類
線維筋痛症の診断にあたって「痛み」の捉え方は診断にとって最も重要であるまず、線維筋痛症の診断として代表的なものはアメリカリウマチ学会(ACR) が1990年に作成した身体躯幹部位を中心とする18箇所の圧痛点が広く用いられている。
筆者の自験例では典型的な線維筋痛症では大腿四頭筋の外側筋膜や膝関節の内側副じん帯附着部にも激しい疼痛があり、圧痛点として認められることが多い。
2010年、ACRから新たな線維筋痛症の予備診断基準が発表された。この新しい診断基準では従来の圧痛点は除外され、過去1週間の広範囲疼痛指数 (Wide-spread Pain Index: WPI)の合計ポイントと3つの症候の重症度のレベルと一般的な身体症候のポイントを合計した症候重症度(Symptom Severity: SS) のポイントが核となる。 さらに、2010年の米国リウマチ学会において、WPI と SS ポイントの合計 13ポイントをカットオフポイントとしている。
この WPI、SSはともに判定は患者からの自己申告に起因するところが多く、また、SS の一般的な身体症候についての判定に具体的なポイント範囲が設定されていないため診断への寄不率は低い。しかしながら、これまで副症状とされていた項目のほとんどが網羅されているので、診断の感度が上昇すると思われるが、 本診断基準はWPIとSS ポイントを加算すると疾患活動性の定量的な評価ができ得る可能性もあり、リウマチ科、内科、精神科をはじめとする各分野から本診断基準の妥当性について今後検証していく必要性があると思われる。
このように線維筋痛症の疼痛は出現部位やその程度は患者によって異なり、極めて多様性に富み、全人的に患者をケアしていくことが大切である。
ケアネットワークの構築と医療体制
診療体制のあり方を含めたケアネットワークの構築が研究の課題である。現状では全国で専門医療機関147施設が゛日本線維筋痛症・慢性痛学会に登録されているが、未だに1つもない県が7県存在する(平成24年2月現在)。
また、ネットワークに登録している医療機関でも、メンタル系の医師の協力がなかなか得られないのが現状である。平成21年度厚生労働省研究班報告書において武田雅俊教授(大阪大学医学部精神科)らは線維筋痛症に対して早期からの精神科医の介入を推進している。
すなわち、本症は全身慢性疼痛疾患であり、全身に激しい痛みが起こる病気であり、うつ病や不安障害などの精神疾患の合併率が高いことが知られている事から、本症の発症要因の解明及び治療方法の確立には、精神疾患の合併や精神症状の評価が鍵となると考えられるからである。 基本的には、鑑別診断にはリウマチ科医と精神科医の早期の段階の介入は優れた効果が期待でき得る。
一方、大人以上に認知度が低い小児の線維筋痛症も不登校、摂食障害などの誘因となり得ることがあり、早期の適切な診断・治療が重要となる。
小児期に特有の見過ごしがちな本症の病態・診断・治療については、横田俊平教授(横浜市立大学医学部小児科)らかが線維筋痛症診療ガイドラインに提唱している。